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bud powell
b0067590_12343853.jpgバド・パウエルは、
(すんません、やめて、5/8のエントリーにしちゃいました)
by somuchfor | 2011-04-26 12:34 | Comments(0)
eric dolphy
When you hear music, after it's over, it's gone in the air. You can never capture it again.
ドルフィーは音楽のことを言ったが、中原中也は、骨って言った。そらそら、それが僕の骨だって。死んだ後の骨か。いやその骨をcapture、掴みたいが、つかめない。
by somuchfor | 2011-04-25 00:26 | jazzbluesrockreggae | Comments(2)
赤の他人
東北の人たちは、大変な状況にいると認識するが、それでも、皆、アカの他人なんだよね。その赤の他人をオウエンするとかいう、芸能人の炊き出しやら聞くと、へどが出るのはおれだけだろうか。売名行為を苦しんでいる人たちを踏み台にして行うのだ。まあ、もともとゲイノージンというのは、売名をおのれの生業とする賤しいヒトタチだから当然と言えば当然なのだが。で、あかの他人が現在、とても困難な状況に陥っている、という他人行儀な理解がとても大事だと思う。きずななんて、これっぽっちもないよ。連帯なんて大きなお世話だ。だって、そうでしょ、リビア(ひとつの例で世界には支援を必要としている人がごまんといる)にはだーれも炊き出しに行ってないよね。リビア行かず、いや、言及さえもせず、東北だけを盲目的に支援していいのだろうか?という問いぐらいは、胸に持つべきだろう。支援、援助はやろう。淡々と。でもトーホクはあかの他人だから。
by somuchfor | 2011-04-21 22:08 | Comments(0)
支援のやり方
写真家Iさんの東北を再建しようチームが第1次支援を終えて帰ってきた。その行動力には素直に脱帽。今回は50人が支援の輪に加わった。明日はその報告会。報告を聞いてきます。2次支援のやりかたも含め。昨日は、渋谷ムラサキで、CMディレクター、Fさん、ショドーのSちゃん、エイガカントクのYちゃん、そしてYちゃんの友人の記者のSさんと、やっぱり東北やら原発ばなし。記者のSさんは20km圏外には入らなかったが、それ以外東北全土を3/18から昨日までずっと回ってきたという。結局、現実を見てきたひとの言葉は重いという単純な事実。そしてそういう現実があるということ。その現実に対しては、しっかりと、しなやかに、できることを、少しづつゆっくりとやっていきましょう、みなそれぞれ。
by somuchfor | 2011-04-13 17:08 | 流行り | Comments(2)
いろいろ
b0067590_140912.jpgあるけど、ようやく政府が動いたのはよかった。1年間で累積で20ミリシーベルト以上(ちょっと規制値が高い気がするが)になる可能性のある地域には避難勧告。一歩前進。また、デマとか風評被害とかぐちゃぐちゃ言う人が増えてきたように思うけど、現段階では、情報をオープンにすることが大事。例えば、大政翼賛的に政府、東電に擦り寄る大手マスコミは、福島原発の20km圏内近くにもさえ取材できていない。朝日新聞記者は50km以内に入っちゃだめなんだって。サイテーのしんぶんですな。恥ずかしいとは思わないのかな、取材する会社組織にんげんとして。(4月14日9:56訂正します。朝日の記者は、20kmのところまでは、入っていました。)まあそういうおれも行ってないので(別にマスコミじゃあないけど)連休福島行ってこようかなあ、車の免許ないけど(クルマ文明社会に抗議して免許を持つことを止めたのだ、というのは真っ赤なウソで、学生の時、教習所のおっさんと喧嘩して免許取れなかったのだ)。
日曜日は、花見。渋谷の横丁のNでこの12月までマスターだった若いYっさんらが企画して東大駒場の駒場野公園でバーベキュー。今この時期だからこそ集まろうという企画。80人くらいは集まったかなあ。若いねーちゃん落語あり、H君の弾き語りあり、さけがどんどんなくなっていく。ねーちゃん落語、H君弾き語りに震災への寄付を少し。あと、ピンクのロゼシャンパンをプレゼント。東京自由人日記さんの花見詳細レポートをご参考まで。写真はH君。29日にライブあるらしい。行こ行こ。
石川のマスターズ20位も立派立派。
by somuchfor | 2011-04-12 01:36 | Comments(0)
福島子どもたちは大丈夫?東京はぬくぬくと大丈夫なのだが
毎度、武田邦彦せんせいの叫びだ。福島の子供たちの未来を考えよう。

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学問の危機である.そして「学問」が直接、国民の健康を脅かそうとしている。

福島の教職員が子供を守るために立ち上がることができず、教育委員会が「国が安全と言っているから」という一点張りの考えに押され、児童生徒を初期被曝から守れなかったように、学者も学問の危機に立ち上がれない。

「御用学者」という言葉が人目をはばからず語られるようになっても、学者は沈黙を守っている.

1990年の始め、「役に立つ研究」、「研究費の重点配分」になってから、学者は「すこしでも政府にたてつけば、来年から研究費がなくなる」という恐怖に身がすくんでいる.

その意味では、日本の学者の大半が「御用学者」にならざるを得ないのが現状で、学問の危機を目にしても行動ができない。

児童生徒を守ることができなかった福島県の先生方と、多くの学者は同じなのかも知れない。
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by somuchfor | 2011-04-10 23:12 | 流行り | Comments(0)
原発反対デモもいいが、まず福島の人を放射能汚染から助けよう
いつもいつも申し訳ないですが、放射能汚染がらみエントリーです。ちょー長いです。興味の無い方は読まないで下さい。ネタはこれまたいつもの武田邦彦(中部大学)さん。反社会的アンチシンポ主義飲んだくれブロガーの私が、地球市民派人類皆兄弟な方々と席を同じゅうすると見られることは、その方々に失礼なことかもしれませんが、しかし、福島の人々の健康被害への懸念をメディアもマスコミも誰もあんまりなにも言わないのは本当におかしい(今後5年10年20年にわたることかもしれませんが)。
それは、福島県の現在の20km内退避、30km内20km以上は屋内退避となっているが、その外のいくつかの地域の問題。以下、武田さんの受け売りだが、現在の放射線被爆値からみれば、福島県東部(郡山を含み、会津若松を除く)、茨城県北部を、管理区域とし、放射線被爆の値をきめ細かく測定し、健康診断を定期的に実施すべきということです。

以下武田ブログ
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頭に入れとかなければならないのは、次の数値とその意味です。

1) 1年間に50マイクロシーベルト
極端に低い数字ですが、これもはっきりとした根拠があります。例えば、今まで日本の原子力発電所が発電所の敷地との境界ではこのくらいまで下げておこうと政府、電力会社、そして専門家が言っていた数字です。
また、ヨーロッパの環境運動家を中心としたグループは国際委員会の基準は甘いとして、おおよそこの程度の数字を出しています。
つまり「絶対に安全」といえば、1年間に50マイクロシーベルトという数字もあるのですが、日本に住んでいると自然放射線でも、この20倍以上ですからやはり少し神経質すぎると言ってもいいと思います。

2) 次の数字は、1年間に1ミリシーベルトという数字です。この数字は国際委員会や日本の法律等で定められているものですから、基本的にはこの数字が一つの指標になります。
この数字を少し超す場所(5ミリ)は「管理区域」という名前で普通のところ特別されて標識が立ち、そこに人が入ってはいけないというわけではないのですが、被曝する放射線量を測り、健康診断をするという必要が生じてきます。
つまり絶対に病気になるということはないけれども、注意をしなければならないということを意味しています。管理区域は1時間あたり0.6マイクロですから、現在、福島県東部(郡山を含み、会津若松を除く)、茨城県北部などは確実にこの管理区域に入ります。従って、政府のいうように直ちに健康に影響はありませんが、やはり被爆する線量を測定したり、健康診断をして注意をするという必要があるところです。
また、教育委員会や市役所等は、政府がいくら安全だと言っても、政府と独立しているのですから、法律的に管理区域に指定しなければならない状態のときには法律に従う必要があるとわたくしは考えています。
具体的には、1時間に0.6マイクロを越えるところは、学校でも市の一部でも責任者が「管理区域」に設定するべきです.

3) 次に1年に20ミリシーベルトというレベルがあります。現在の福島市がややそれに近いのですが、これは仕事で放射線に携わる男性の1年間の限界です。
仕事で放射線に携わる人も一般の人も、人間は人間ですから、放射線に対して同じ危険性を持っています。それなのに一般の人は1.0、職業であびる人は20というのは基準が開きすぎているように感じると思います。
しかしそれには三つの理由があります。
一つは、放射線の仕事に携わる人は、被爆した量をしっかり測り健康診断をしますから、万が一のときにはチェックができるということです。
二つ目に、放射線の仕事に携わる人は、健康な成人男子ですから、一般の人のように赤ちゃんとか妊婦、また放射線に感度の強い人等が含まれていないということがあります。
放射線に携わる人でも妊娠している女性等は特別な規定で保護されています。
三つ目に、自分の意思で放射線を浴びるか、それとも事故等で自分の意思とは関係なく放射線を浴びる場合と、差をつけるのが、防災の基本的な原則でもあります。
例えば、ハンググライダー等は非常に危険なのですが、無理やりハンググライダーをやらされるのではなく、自分の意思でハンググライダーをやるので、その危険も認められています。

4) 次に、50ミリシーベルトという基準があります。
このぐらいになると、少し健康障害の恐れが出てきますので、例えば50になると子供は甲状腺がんを防ぐために、ヨウ素剤を服用する必要が出てきます。

5) 100ミリになると、慢性的な疾患が見られるようになり、1000人に5人が放射線によってガンになるという数値になります。ここでいうガンとは、専門用語では「過剰発癌」と言って、普通の生活でがんになるものを除いて放射線によってそれにプラスされる危険性を言っています。
長崎大学の先生を中心にして1000人に5人ぐらいの過剰発癌は問題がないという考えがあるのは確かです。現在の福島市は、自治体としてこの考えをとっているようです。
なおこれまで非常時の作業で被曝する限界は100でした。つまり「非常時に厳重な防護服を着て、線量計を着け、管理された状態で100ミリ」というのですから、それを一般市民に当てはめるのは乱暴だと私は思います。

6) 次に250ミリシーベルトというレベルがあります。
このレベルは最近になって福島原発の作業する人の限界値になったものです(引き上げられた)。100と250の何が違うかというと、100まではガンなどの「すぐにはでない健康障害」を念頭に置いているのですが、250になると「急性の白血球減少」等の「直ちに影響が見られる」レベルになります。
政府が「直ちに健康に影響がない」と繰り返しましたが、それはこの250を念頭に置いています。つまり、政府が言っている「直ちに」ということは「ガンにはなるが、急性の白血球の減少は見られない」レベルであるということになります。

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by somuchfor | 2011-04-06 14:05 | 流行り | Comments(0)
aeoc go home
b0067590_2047482.jpgアートアンサンブル・オブ・シカゴのGo Homeだ。 って言いながら、今日初めて聞いたのだ。3年ほど前買って、聞いてなかったのだ。そう言うの多いなあ。因みにこないだ買ってきた新潮選書、「日本売春史」小野谷敦っていうのはまだ読んでいない。いつ読むんだろ。いえいえ、マスかくために買ってきたんじゃないからね、言っとくけど。 で、で、アンサンブルオブシカゴちゃんは、シカゴで、食い詰めてパリに渡った69年ごろのアルバムのヒトツがこれ。メンバーは皆だいぶ死んじまったが、この60年代最後の時代のパワーが大好きなのだ。グチャグチャのヘタウマじゃずと思わせながらの、完璧のアンサンブルから、爆発的な混沌たるエネルギーの放出を突如としてまたコントロールする円月殺法。極北の白夜の生(セイ)なき静(セイ)から徐々にゆるやかに静なる生が沸き起こって太陽までを豊穣なる生の沸騰で蒸留させてしまうのかと思うのが、眠狂四郎じゃあなかった、art ensemble of chicogo。
by somuchfor | 2011-04-05 21:24 | jazzbluesrockreggae | Comments(0)
米国DOEのクリーンアップ技術
昨日、シリコンバレーにいる元上司のツイッターにDOE、米国エネルギー省で働いてる女性の憤りの声が入っていた。DOEは核放射能汚染された土壌、水を清浄にする高い技術があり、DOEも日本政府に支援を申し入れたが、日本政府が断っているという。そして昨日の1万トンの汚染水の垂れ流しである。どういうこっちゃ?米軍、国防総省とDOEの対立、米国内部の縦割り問題、またここはもともと、広島長崎に落とした原爆を作っていたとこ(マンハッタンプロジェクトの本家本元)の事後処理部隊でもあるので、そういう人からノウハウ提供受けるのが日本人としていかがなものかというのがあるのかもしれんが、日本政府、東電は、自分達の力でやろうとするのではなく、外部の力をすべて借りて、外部をも引っ張るリーダーシップで事態収拾に努めてもらいたい。ホントに。
ところで、写真家Iさんの呼びかけをご紹介。おれも少し応えることに。
by somuchfor | 2011-04-05 09:39 | Comments(0)
hamiet bluiett SOS
b0067590_23423222.jpgバリトンサックスの第一人者。ハミエット・ブルイエットのSOSは、77年のニューヨークのライブの2枚組。ブルイエットよく知らなくて、ピアノがドン・ピューレン、ベース、フレッド・ホプキンス、パーカス、ドン・モイエってのが気に入って、6、7年前かなあ、買った。地味なアルバムって思ってたが、1年前くらい前から、これいいなあ!と思って時々聞くのだ。ここからちょいモーソー入っているが、3.11以降の、東京近辺の方々の自分が生きている、生かされていることに対する全的な放棄逃避とも言える、自粛、引きこもり、悲観、わざとらしいニッポン連呼という、この世の自然を全面的に受け入れることへの不安、なんていうことを、このSOSは、穏やかに正してくれる、気がすんだよねー。恥ずかしいモーソー言ったから寝るね。じゃあね。
by somuchfor | 2011-04-02 23:51 | jazzbluesrockreggae | Comments(0)