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奥秀太郎
奥秀太郎っていうのがいる。自分で映画もとるし、野田秀樹や松尾スズキやらの映像演出も手がけている、くろーとに高い評価を受けている映像作家だ。彼の「黒猫」という舞台を、ずいぶん昔になるが、渋谷ムラサキの飲み屋ご縁で12月に見に行ってきた。初台の新国立劇場、原作はポー。えどがわーらんぽ。役者は、藤田文子、戸田昌弘、手塚とおる、町田マリー、内田春菊などなど。すっごいシャープで切れ味のある舞台だった。セットが段ボールや木の板を使ってほとんどすべてのものを表現する。これがシンプル。その場面転換がまた切れあじがいい。登場人物は多いが、個々の内面はまったく表現しない。書割のような薄いキャラだ。彼らは、内面の個を表出するのではなく、たんたんと舞台全体の場のストーリーの影として奉仕する。ここに出てくる黒猫は常に影絵として出てくるのだが、その影絵の黒猫がいみじくも象徴しているように、この舞台の生身の役者さんが演じる登場人物は、すべて影絵のようなのだ。その影絵たちが、すごくリズミカルに、極めて厳格なるオーケストラ演奏のように、着地点をミリ単位で計算する、オリンピックの体操選手のように、影絵を役者達が総体として徹底的に演じ切っているのが、密度の高い、まったく新しい舞台を構成しているように思った。恐らく、旧来の、個の内面を役者の肉体、声によって表現するという舞台に慣れている演劇関係者は奥秀太郎の手法にとまどったに違いない。しかし、既存演劇の、声高に自己表質を貫徹しようとする手法に、チョット辟易する、いやほんのチョットなんだけど、そういうオレにとっては、この奥の舞台は、とてもとても新鮮だった。かっこよかった。12月からずーっと、あれはなんだったんだろか、とぽつりぽつり考えてたんだけど、以上がひとまずの結論。
渋谷むらさきに、おんな映画監督と一緒に飲みにきてた、おれの隣にいた奥秀太郎は、やさしい、ぼーっとした感じの好青年だった。あんなクッラーイ映画とるとは思えなかった、カインの末裔
by somuchfor | 2009-02-12 15:30 | 流行り | Comments(0)
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